ゲーム紹介:メカネ(MEKHANE / Alessio Calabresi, Roberto Grasso / Cranio Creations / 2020)

今や、「イタリアの」と付ける必要もないくらい、今のゲームシーンを代表する一出版社として広く知られるようになったクラニオクリエーションズ。
シモーネ・ルチアーニの「ニュートン」、「バラージ」といった重めの戦略ゲームで人気の出版社ですが、今年秋の新作は、ストーリーテリングゲームの「メカネ」とクニツィアによるお手軽トリックテイキング「ニャー」という、少し意外な二作となりました。
今回は、そのうちの一作、「メカネ」を紹介したいと思います。

プレイヤーは、運命を司る神

「メカネ」でプレイヤーが行うのは、神となり、ゲームの登場人物の運命を司ることです。
一人は悲運(を司る)プレイヤー、そのほかは(普通の)神々のプレイヤーです。
悲運プレイヤーが、このゲームの登場人物をラウンドごとに一人、また一人と「死」を与えていく中で、他のプレイヤーは自分の運命カードで示された登場人物をどうにか生き残らせるように運命を操っていきます。

どこでどのような危機が登場人物を襲うのか

ゲーム開始直後

ゲーム開始の際には、テーブル上には、人物カード、場所カード、危機カードが並べられます。
そして、悲運以外のプレイヤーは、運命カードと数枚の物語カードを受取ります。この運命カードには数字が書かれており、その数字に対応した人物カードを最後まで生き残らせることが悲運以外のプレイヤーの目的となります。悲運プレイヤーは、運命カードに対応した人物を一人も生き残らせないことが目的となります。と、一応、ゲームとしての目的、勝利条件はあるものの、このゲームを楽しむという点において、そこにこだわることは少し野暮かもしれません-それがどうしてなのかは、この紹介を読み進めていただければおわかりいただけるかと思います。
そして、この準備とゲームにおいて重要となるのが、人物カードの上に並べられた二枚カードです。この二枚の「場所カード」、「危機カード」は、今回の物語の設定となる「どこで」、「どのような危機」が登場人物たちを襲うことになったのかが描かれているのです。

さて、今回の設定は・・・

ここで悲運プレイヤーは、この二枚のカードをもとに自由な発想で物語の導入部を決め、それを発表します。
例えば、上記の写真に写っている二枚のカード、「町外れにあるスクラップ工場、そこに住む一家が突然武器を手に、町の住人を襲うのだった」というような感じでしょうか。

物語カードで、登場人物を運命を操れ

この危機に対し、神々プレイヤーは、ゲーム開始時に配られた物語カードで、道場人物の運命を操ることになります。
登場人物一人の下に物語カードを出し、その物語カードに描かれたものが、どのようにその人物に作用し、どのような出来事が起きたのかを語ることになります。

自由な発想で物語カードを出しましょう

「メカネ」で面白いところは、ここで自分の生き残らせたい登場人物に有益となるような物語に限らず、どうなっても構わない登場人物が明らかにピンチとなるような物語を語ってもいいということです。
「自転車」のカードを出し「逃げるために乗った自転車。しかし、自転車のタイヤはパンクしていた!」というふうにです。
ドラマティックな展開でも、地味目な展開でも、「ホラー映画あるある」的な展開でも、とにかく自由に物語を語りましょう。
神々プレイヤーが一枚ずつカードを出したら、いよいよ悲運が彼らを襲います。(その前に、一枚もカードが出されなかった登場人物にはランダムで物語カードが出され、悲運プレイヤーが彼らの物語を語ることになります)
悲運プレイヤーは、語られた物語をもとに、どのプレイヤーがこの危機の犠牲者になったのかを決め、発表します。
物語カードを出す~物語が語られる~犠牲者を決める~この流れを、一人の登場人物が生き残りとなるまで繰り返します。
最後まで生き残った登場人物に対応した運命カードをもっている神々がいたなら、そのプレイヤーが勝利者となります。もし、どの運命カードにも対応していない登場人物が生き残っていたならば、悲運プレイヤーの勝利となるのです。

さまざまな出来事が・・・
そして、生き残った登場人物は・・・

ダークな雰囲気が最高

ここまで読んで、ゲーム慣れした人であれば、「勝利者を決める」という点においてはあまりシステマティックでなく・・・というより「機能してないんじゃないか?」と思った方もいるかもしれません。
たしかに、「勝利者を決める」という点においては、その通りで「ゲーム的なシステムとしての弱さ」は認めざるを得ないでしょう。
しかし、「魅力的な世界観で物語を紡ぐ」という点においては、ゲーム的なシステムの弱さを差し引いても、非常に魅力的に作られているのです。
全体的にとてもダークにまとめられたイラストは、複数のイラストレーターに描かれており、カード一枚一枚が美しく、かつゾクゾクとさせる力強さも備わっており、とても魅力的です。
物語カードに描かれたいろいろなものも同様です。見るからに強力そうな「武器」、存在感ある「動物」、呪術的なイメージをもった「アイテム」、さらなるピンチに繋がりそうな「怪異」のようなもの・・・その種類、内容はとても豊富です。もちろん、物語カードに描かれたイラストもとても個性的です。
場所、危機、人物、物語・・・用意されたカードそれぞれが、想像力を刺激してくれることは間違いありません。
ゲーム的なシステムの弱さを補ってあまりある雰囲気の魅力は、冒頭でも少し触れたように「勝利にこだわるのは野暮」と思わせるに充分なものがあり、それこそがこのゲーム最大の魅力ではないでしょうか。
また、すべてのカードが自然とダークでホラーな展開に自然と繋がりそうなものに統一されている点は、得手不得手が出やすいストーリーテリングというジャンルのハードルを下げていることに繋がっているように感じられ、「メカネ」の長所と言えるでしょう。
ぜひ、自由な発想で物語を語ってみてください。


スタッフ神田の視点

ここからはテンデイズゲームズスタッフの一人、(「円卓」こと)神田の視点での紹介になります。

 Cranio Creationsの2020年新作ゲームが、このMEKHANE/メカネです。タイトルのMEKHANEは元々は4,5世紀にギリシャの演劇で使われた木造のクレーンを指し示しているようで、当時はこのクレーンで神々を演じる役者を空中飛行させていたそうです。つまり当時のワイヤーアクション。ギリシャの科学力すごい!

 そんなステージマシンの名前からイメージを含まらせたのでしょう、このゲーム、MEKHANEは、神々の気まぐれによって悲運に見舞われる登場人物の生死を見届ける即興劇を模したコミュニケーションゲームです。Cranio Creationsと言えば、「バラージ」「ニュートン」「ロレンツォ・イル・マニーフィコ」などルチアーニの諸作から戦略ゲームを多く出版する会社というイメージもありますが、パオロ・モリの「アンユージュアルサスペクツ」なんかもこの会社なので、この路線もなるほどという感じです。

 このゲームでプレイヤーは1人の「悲運プレイヤー」とその他の「神々プレイヤー」に分かれて物語を作ります。
 神々プレイヤーは登場人物がこれから直面する物語を綴り、悲運プレイヤーは物語を総括してどの登場人物が死ぬかを判断します。
 悲運プレイヤーは舞台を設定し、登場人物の生死をジャッジする、一種のゲームマスター的な立場を務めます。

 ゲームの構図としては悲運プレイヤーvs神々プレイヤーという形になりますが、最終的な勝者は全員のうち1人だけという個人戦のゲームです。
 悲運プレイヤーと神々プレイヤーでは勝利条件が異なり、神々プレイヤーの勝利条件は「運命カード」によって秘密裏に決まる登場人物の生存です。
 全ての神々プレイヤーが勝利条件を満たせなかった場合、悲運プレイヤーがゲームに勝利します。
 つまりゲームとしては登場人物に秘密裏に肩入れして生き残らせようとする神々プレイヤーと、その思惑を探って阻止する悲運プレイヤーという正体隠匿ゲーム的な構図にもなりますが、「誰が勝ったかに関係なく、楽しんで素晴らしい物語を紡ぐことこそが重要なのです!」とルールブックにあるように、それ以上に全員参加で素敵な物語を綴ることがゲームの目的となるでしょう。

 セットアップとしては、まず7枚の「人物カード」が公開されます。また、神々プレイヤーには「人物カード」に対応する「運命カード」を配られ、どの「人物カード」を生き残らせるかが秘密裏に決まります。

 次に物語の舞台となる「場所カード」、登場人物の脅威となる「危機カード」を1枚公開します。
 この「場所カード」と「危機カード」の詳しい内容は悲運プレイヤーが決めます。カードは印象的なアートで解釈の幅も大きく、悲運プレイヤーの想像力に委ねられています。

 最後に神々プレイヤーに、手札として「物語カード」を6枚、個人的物語デックとして3枚の「物語カード」を配れば準備は完了です。

 ゲームはスタートプレイヤーから順番に「物語カード」をプレイして、生存中の登場人物いずれか1人の物語を話します。
 「物語カード」はなんらかのアイテムを表現しており、基本的には登場人物がアイテムを利用してこの危機にどう対処したかを表明する形になります。
 神々プレイヤーが手番としてそれぞれ1枚ずつ「物語カード」をプレイしたところでラウンドには一区切りが入り、登場人物全員の物語を綴ったところで悲運プレイヤーがどの登場人物が死ぬかをジャッジします。
 こうして1ラウンドに1人の登場人物が召され、全6ラウンドを通して7人の登場人物のうち1人の生存者が決まるまでゲームは続きます。
 そして、自分の肩入れする登場人物が生存すればその神々プレイヤーが勝利し、誰も残らなかった場合は悲運プレイヤーが勝利します。

 この「手札を使って危機を脱する」構造は「キャットアンドチョコレート」にも似ていますが、このゲームのツイストは「登場人物を生かすのではなく殺す方向にアイテムを演出してもいい」という点です。
 というのは、神々プレイヤーは自分の守護する登場人物にはなんとしても生き残って欲しいのですが、それ以外の登場人物が死ぬのは一向に構わないワケで、自分のキャラに肩入れして目論見がバレるよりは、他人のキャラを死に追いやって自分のキャラを間接的に生かす方がより勝利に近づきやすいんですね。
 「1ラウンドに登場人物が1人だけ死ぬ」ということは逆に言えば「1ラウンドに登場人物は1人しか死なない」ということでもあり、他人に強烈な死亡フラグを建設することで悲運プレイヤーのジャッジから逃れようとするのはマルチ力学的に正しい算段と言えましょう。

 「拳銃」や「金属バット」のように明らかな殺傷力を持つアイテムがある一方で「ちくわしか持ってねえ!」と思わず叫んでしまうような変なアイテムも数多く、こうしたアイテムをキャラのバックボーンを捏造して物語に繋げられると愉快な達成感があります。
 やはり同じアイテムにしても演出次第で危機を切り抜けることも、より危険な状況に登場人物を追い込むこともできるのが面白いところで、例えば「拳銃」なら、「迫ってくるゾンビたちを射撃の名手であるこのキャラ(勝手な後付設定)はバッタバッタと撃ち倒していった!」と演出することもできますし、「キャラは弾丸を撃ち尽くしてしまい、もはや絶体絶命だ」という演出もできます。なんなら「絶望したキャラは自分のこめかみに銃口を当て、引き金を引いた」なんて演出も可能です。

 ただし、その演出が本当にキャラの生存に結びつくかは悲運プレイヤーの嗜好によるところが大きいです。迫りくるゾンビに対し、自転車を使って逃走を図るのは常識的に考えれば有効な策なんですが、「仲間を見捨てて真っ先に逃げ出すのはこの手の話の死亡フラグだよね?」と悲運プレイヤーがジャッジすれば、逃げ延びた先に突如ゾンビが溢れてきて殺されてしまうのです。
 この一般的に生存に有効な手段が、見方によって一転死亡フラグに反転する瞬間には妙なカタルシスがあって、唯一無二の即興ドラマがリアルタイムで展開されているワクワク感があります。
 また、生死の全権を握る悲運プレイヤーの趣味嗜好に寄せていくと生存に有利になるというのは、この手のコミュニケーションゲームの基本線、王道を外さない作りです。ゲームを通して、お互いの趣味の理解が深まるというオマケもある……かもしれません。

 まあ、中には「このアイテムでどないせえと……」という場面もあるにはあるんですが、このゲームを楽しむ上で大事なのは「頑張ってオチをつけようとしない」ことです。人間どうしてもピンチを切り抜けるために、面白いこと、上手いこと、カッコイイことを言いたくなるんですが、どうにも無理な時は「ゾンビに囲まれた登場人物はふと昔のことを思い出した。そう言えば、昔旅先で食べたピザがおいしかったなあ。あれはどこの店だっただろうか……」とか唐突な過去回想に入るのも手かもしれません。……走馬灯じゃねえか!

 ゲーム好きの視点では、キャラクターの生死を左右する決定力のあるカードは死ぬ確率が上がる後半のためにとっておき、序盤はゆるいカードを活用してなんとか自キャラを生き延びさせるという、(物語生成系のゲームとしては変な話ですが)勝つための手札のマネジメント要素があるのがちょっとニヤリなポイントです。
 手札は最初に配られる6枚だけで基本的に補充がなく、1ラウンドに1枚を使って6ラウンドで使い切る形なので、ここぞ!というタイミングで有用なカードを使うのがテクニックです。
 このゲームは「あくまで勝敗は二の次」、楽しい時間を過ごすためのアクティビティの趣が強いゲームではありますが、一方で素直に勝利を目指すことが様々な選択の補助線にもなる作りで、「ただのアクティビティに終わらせないぞ」という密かなデザイナーの野心をぼくは感じます。まあ、気のせいかもしれませんが。

 とは言え、これらのツイストによってアイテムカードは使い道が広く、この手のゲームとしては、かなり柔軟なプレイができる点は白眉かと思います。
 逆に言えば、自分の守るべきキャラが他人の思惑で危機に瀕することもあるはずです。で、そういうときは特殊アクションとして、手番外の物語の付け足しも可能です。
 この時、プレイヤーは自分の個人的物語デックから物語カードを1枚引いて手札に加え、その後、手札から任意の1枚をプレイして物語を綴ることができます。1回のゲームで、この特殊アクションを3回まで使うことができます。緊急避難的に使うのが一番わかりやすい用法でしょうが、他人の死亡フラグをさらに強化することもできるでしょう。

 とまあ、こんな感じで、世に物語生成系のゲームは数多く存在するのですが、勝利条件の設定や脱落のルールで一風変わったユニークなゲーム性を持つタイトルに仕上がっています。
 1ラウンドで1人だけ死ぬという「クク(カンピオ)」と似たような構造は「最弱にさえならなければセーフ」という自由度の源泉でもあり、この手のゲームにありがちな「なんか面白いこと言わなキャラが死んでまう……」というプレッシャーから割と縁遠いのが2020年の試みだなという感じです。まあ、時にはやっぱりそういう場面も出てくるんですけども……
 基本的には他人の死亡フラグを無責任にズンドコズンドコ立てまくるのが楽しい遊び方ではないかなと思います。「コイツが生き残る(死ぬ)と面白いよね?」をその場の全員で合意形成していくゲームなんではないかなと。

 これは喜悲劇を作る神々のお遊びなんですよね。そして神々の手のひらの上で生死を転がされるキャラクターたち。命が軽~い。
 で、このメタな構造を俯瞰するとやはり演劇に纏わるMEKHANEというタイトルはドンピシャなんじゃないかと思えてきます。プレイヤーはデウスエクスマキナなんですね。

 プレイ人数は3-8人となっていますが、1人はゲームマスター的な悲運プレイヤーを担当するので、神々プレイヤーがある程度多い4人以上が面白そうかなと思います。
 8人プレイだと勝利条件の設定から悲運プレイヤーが勝つのは不可能になるんですが、まあ、神々プレイヤーにしても早々に勝利条件がなくなることも多いので、これは勝敗を気にせずに面白いお話を作るゲームだと考えたほうがよいかと思います。また、悲運プレイヤーも自分が勝つために誰を殺すかを決めるよりも、物語の面白さを優先してジャッジした方が全体としての満足度は高くなると思います。
 そこはルールとコンセプトにコンフリクトがあって、多少フワフワしたゲームなのは否めないんですが、表面的なアクティビティに終始するゲームも多い昨今、そこからもう一歩ゲーム側に踏み込もうとする明確な挑戦を感じられるのはよいです。

 もちろんアートの独自性は際立っていて、見る人によっては堪らない内容なのではないでしょうか。カードを眺めているだけでも面白いです。
 ぼくはアート界隈はあまり詳しくないので突っ込んだことは語れないのですが、バンドデシネっぽさもありますね。が、まあ、これはイタリアのゲームなのでどこまで影響があるかは謎……
 見た目からは相当な色物タイトルかと思いきや、ゲームデザインとしてはユニークな試みが随所にあって見どころもあり、一度遊ぶ価値のある攻めたタイトルではないかと思います。「死亡フラグを立てるゲーム」という言葉に魅力を感じる人はぜひ一度お試しを!

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