「アヌンナキ」においてプレイヤーは、北欧神話、バビロニア神話、ギリシャ神話、エジプト神話などの神々の勢力の主神となり、古代アトランティス文明の母星である惑星ガイアへの進出とその支配を目指します。各勢力はそれぞれ自分の母星で活動を始めますが、やがて他の星々へと歩を進め、最終的にはガイアの地にて決戦を行うことになります。
来たる決戦に勝利するためには、手足として働く信奉者を増やしたり、優れた技術を開発したり、様々な武器を用意したり、商業契約を達成したり、多くの準備を整える必要があります。それらの行動はユニークでパズリックなアクション選択システムによって精緻に統御されているため、プレイヤーはこのアクション選択システムをうまく乗りこなす必要があるでしょう。
星々を行き来する神々同士の戦いという壮大なスケール感と、極めて技巧的かつ細やかなアクション選択システムがこのゲームの見物です。神々の、遊び。
◆ルチアーニ&サビアの作った「サイズ 大鎌戦役」?
誤解を恐れず言ってしまえば、このゲームはルチアーニ&サビアの言わば「サイズ 大鎌戦役(2016)」です。知らない方に簡単に説明すると、「サイズ」は第一次世界大戦後のIFの世界を舞台にプレイヤーがそれぞれ異なる特性を持つ一勢力を受け持ち、自勢力の兵士や巨大なロボット「メック」を操り、富国強兵を試み、世界の中心地となるファクトリーを目指して進軍するゲームです。
「大小様々なユニットを操って辺境から世界の中心を目指す殴り合いゲーム」という組み立てはさらに遡ればトワイライトインペリウム(1997)に見ることができます(し、あるいはもっと古い作例があるのかもしれませんが、わたくしマルチゲームには疎いものでひとまずの先例としてこれを挙げさせていただきます)が、中央での最終決戦に向けて各勢力がムキムキ&ドンパチする構造はそれ自体がゲームの盛り上がりの強度を保証する非常に優秀なフレームと言えます。「サイズ」自体が様々な4Xゲームの文脈を辿りつつも遊びやすくダウンサイジングされたことで大いにヒットを飛ばしたため、後続の戦争要素をまぶしたこの手のマルチゲームには「サイズ」の影響がちらほらと見えます。「サイズライクゲーム」という言葉を敢えて作るのであれば、まさに本作はそうした文脈の一つと言える立ち位置にあります。
そのため、兵士を信奉者に、メックを神々に、ファクトリーをガイアに置き換えれば、「アヌンナキ」の大方の概観を掴むことができるでしょう。
また、「サイズ」は、ゲームの9割を内政に費やし、最後の最後でワッと殴り合って終わる展開が多いゲームですが、「アヌンナキ」も同様に、まず柱としてのリソースマネジメントがあり、スパイスとして戦闘要素が振りかけられる塩梅で、これも「サイズ」を彷彿とさせるところがあります。
さて、それでは「アヌンナキ」ならではの特徴はどこにあるのでしょうか? ここでまでは両者の似ている点に触れてきましたが、ここからはその差異をお伝えしていきましょう。
◆骨太かつ新規性のあるアクション選択システム
「アヌンナキ」の最も特徴的なシステムはそのアクション選択システムにあります。手番では移動、収穫、商業、創造などなど全10種類のメインアクションのいずれか1つを選択します。
この時、同じアクションを続けて選択することはできないのですが、それ以外には縛りはありません(あれ、「サイズ」と同じだ……?)。
で、ここからが最重要ポイントなのですが、これらのアクションは独特な星形の魔法陣のようなものに配置されています。これはただ見た目がカッコいいだけではなく、このデザイン自体に大きな2つの仕掛けを持っているのです。
まず1つ目として、隣接する2アクションを連続で実行すると、その間に配置されているマナクリスタルを獲得することができます。このマナクリスタルはメインアクションに続くマナアクションの原資となる重要なリソースです(マナアクションについては後程ご紹介)。
つまり、アクションの選択自体は自由だけど、順番をうまく考えてアクションすることでマナクリスタルがおまけで貰えちゃうよーん、という作りなのです。これがめちゃくちゃゲーマー心に火をつける仕掛けでして「よーし、そんなら完璧に無駄なくアクションを回してやろうじゃないか!」という気分にさせられるのです。前述の通り、アクション選択の縛りは2回連続で同じアクションは打てないよ、というだけなのですが、なぜか脳内ではマナクリスタル絶対取るぞ縛りが勝手に始まってしまう…… そんなプレイヤーのチャレンジ精神をかきたてる作りとなっています。
ちなみに各アクションの並び順はセットアップ時にランダムに決定され、全プレイヤーが同一のセットアップを使用します(「グレートウェスタントレイル(2016)」の建物タイルの決め方みたいな感じ)。そのため、プレイヤーに出されたお題は皆同じ。さて、その中で一番よりよくアクションを回していけるのは誰だ? と言われているようで、わたくしなどは勝手に「これはデザイナーからの挑戦状や!」と受け取ってしまったりするのですね。
続く2つ目の仕掛けとして、神ユニットの召喚という要素があります。先述の通り、神ユニットは「サイズ」でいうところのメックに相当する強力ユニットなのですが、このゲームには直接的に神ユニットを盤面に配置する「神ユニット召喚アクション」なぞが用意されているワケではありません。
じゃあ、どうやって神ユニットを召喚するのかと言えば、これもまたマナクリスタルと同様に隣接2アクションを連続で行うことが重要でして、マナクリスタルを獲得することで生まれる空きスペースには続けて召喚キューブを配置します。そして配置された召喚キューブが三角形や五角形を描けば! ババーン! ゴッド召喚! と相成るワケです。
なお、神ユニットには主神、小神の2種類があります。例えばエレニス勢力(ギリシャ神話)であれば主神ユニットはゼウス、小神ユニットはアレス、アテナ、デメテル、ハデス……などのその他の神々になります。
小神ユニットは召喚キューブを三角形に配置することで召喚できますが、より強力な主神ユニットはさらに難度の高い中央の五角形に召喚キューブを配置する必要があります。そのため、通常のアクション選択に加えて、どうやって神ユニットを召喚するかまで思考を凝らす必要があるのです。うーん、思考の二重構造。
さて、メインアクションが終わったら間髪入れずにマナアクションを1回だけ行います。マナアクションはフリーアクションというよりは第2のメインアクションとも言うべき要素でして、メインアクションで集めたリソースをマナアクションで支払って武器や技術などを獲得するのが手番の基本的な流れです。商売に例えれば、メインアクションが仕入れ、マナアクションが販売といった位置づけになるため、どちらも疎かにはできません。
マナアクションでは先ほどのアクション選択で獲得したマナクリスタルや4種の資源を合わせて支払うことで、武器、技術、開拓地、信奉者の4種のリソースを獲得することができます。
戦闘のために必須の「武器」、アクションを改良して出力を高める「技術」、信奉者を増やす拠点となる「開拓地」、戦闘&収穫に必須の「信奉者」、どれも拡大再生産のために欠かせない要素で、各手番では確実にマナアクションを行いたいところです。そのため、どうやって絶え間なくマナアクションを実行できるかを逆算してメインアクションを選択する必要があり、リソース構成はシンプルながらプレイヤーに求めるパズル感は結構な歯応えがありますよ(ちなみにこの「リソース構成のシンプル化」は「サイズ」を含めたストーンマイヤーの特徴的なスタイルで、それ以前のスタイル、例えばローゼンベルグ諸作なんかとは全く毛色が違うアプローチではありますね)。
各要素も武器や技術を得るためには資源が必要でー、資源を効率よく得るためには信奉者が必要でー、信奉者を効率よく増やすためには開拓地が必要でー、それらを効率的に実行するには技術が必要でー……というロックマンの敵ボス構造(もしくはモンハン構造)が悩ましく。どこから着手するかは悩みどころですが、実は各勢力はそれぞれ得意とする分野がハッキリ異なっているので、それを補助線として序盤を検討していくといいかもしれませんね。
とまあ、そんな感じでデカい個人ボードは伊達じゃない「アヌンナキ」特有のアクション選択システムは、シンプルなUIながら乗りこなし甲斐抜群のエンジンです。
正直な話、本作のユーロゲームの本筋から離れたマルチゲーム的な外観は大きく好みが分かれるところではあり、個人的にも「マルチは悪い文明!」を標榜している立場からコンセプトを手放しで絶賛することはできないのですが(「ルチアーニは好きだけどマルチかあ……」みたいな)、このエンジンに限って言えば「めちゃくちゃ面白いぞ、これ!」と脱帽せざるをえません。このエンジンだけでご飯3杯食べられます。むしろこのエンジンが本体まである。
そんなワケで、わたくしのようなシステム大好き人間にとっては実に挑戦意欲を掻き立てられる作りになっているので同じような好みの方にはぜひ試していただきたいゲームです。
◆モダンなマルチゲームらしい戦闘回り
こうした優れたエンジンを通して全体ボード上では各勢力がしのぎを削ることになるのですが、モダンなマルチゲームらしくコンフリクトは控え目でまろやかな仕上がりとなっています。
例えば各勢力は、まず前編としてNPC勢力と戦って地盤を築き、それからガイアへ進出してプレイヤー同士の殴り合いが本格化する後編へ移行する二部構成の作りとなっています。NPCとのチュートリアルをこなして、いざ実践へ、という流れでワンクッションが置かれているのは「エクリプス(2011)」的です。
また、戦闘処理はそれぞれ手持ちの武器カードから1枚伏せて一斉公開の心理戦となっています。この手のゲームの戦闘処理って逆転性の塩梅が難しいところがありまして、基本的には強い側が勝つけれども、時に番狂わせが生じないと面白くないワケです。
本作では準備段階は運要素を排しつつ、戦闘段階は心理戦という形で運と計画のバランスを形成しています。「サイズ」よりはワンステップ分ドライな方向に振っている印象です。
戦闘処理はごくシンプルな作りではあって特筆すべき点は薄いのですが、敗北時のフォローが手厚いところには作者の思想性が垣間見えます。具体的には戦闘で敗北した場合にユニットの喪失はなく拠点にデスルーラするだけ。しかも金属資源1個が貰えるというおまけつき。負けたほうが得まであるケアの手厚さです。
しかも場合によっては資源を盗むこともあり。攻撃を仕掛ける側にはこれがプレッシャーになります。
という感じで、この手のゲームでつきものの「負け」のストレスに過剰なまでのフォローが施されているのは極めて印象的です。これもやはり本質的にはユーロ畑出身のデザイナーならではというバランス感覚で、全体的に防御側にかなり有利な作りとなっていることもあり、よほどの勝負所でないとプレイヤー同士の戦闘が発生しにくい作りになっています。この辺りのバランス感覚はやはり生粋のマルチゲームというよりはユーロゲームの温度感ではありまして、1回の敗北でレースから脱落しないように気を配られている印象です。
◆システムモンスター、ルチアーニの手腕は健在
近年、この手のマルチゲームはSFを指向する向きがありまして、それは欧米の帝国主義史観の反動という側面もあるかと思うのですが、一方で日本人には馴染みの薄い(ロマンを感じにくい)テーマ付けがなされる例が多いのは痛し痒しといったところがあります。「アヌンナキ」の神話+SF(そして大量のミニチュア)という建付けもやや人を選ぶ見た目ではあるのですが、中身は新規性と遊びやすさを兼ね備えたハイレベルな戦略ゲームとなっています。
一方で、このテーマとマルチ感の割には物語性が極めて薄いタイトルではあります。何度も引き合いに出してアレなんですが「サイズ」も同様にシステム寄りのマルチではあるものの遭遇イベントで背景の物語を覗かせる余地などを持たせてはいて、テーマへの歩み寄りがアートだけではなくゲーム上に存在したんですよね。「アヌンナキ」はそうした余白すら取り除いたユーロ畑ゴリッゴリのシステムモンスターで、遊んでみれば「なるほどルチアーニだわ」となるんですけども、見た目とコンセプトからどうもベクトルが違うように見える、というところがちょっと損をしているようにも思います。
なので、わたくしのような「ルチアーニは好きだけどマルチかあ……」な人にこそ、むしろガッツリ試してみて欲しいタイトルと言えます。しっかりとした重厚感を備えつつも、遊びやすさを損なわない作りこそがルチアーニの真骨頂なのですが、その腕前は今作でも遺憾なく発揮されています。要素は多いですし、重いゲームなのは間違いないですが、各アクションはスッキリとした作りで思考負荷はそれほど重くはないかと思います。
そうそう、簡潔な処理と言えば、ルチアーニにはカードやタイルを獲得する処理に特徴的な作法があり、わたくしはこれを勝手に「ルチアーニマーケット」と呼んでいます。ルチアーニ作品を遊ぶ時に覚えておくとちょっと楽しいかもしれません。
「ルチアーニマーケット」とは、「コストが設定されていないX枚のカードないしタイルがあり、それらを獲得すると、即座に山札から1枚を補充する処理」です。このゲームでは商業タイルの獲得がそれにあたります。
「なーんだ、それだけのこと?」と思われるかもしれませんし、実際、目立った工夫のある処理ではありません。誰でも思いつくことができる凡庸な仕組みにも見えます。
ただ、このルチアーニマーケットが採用されているゲームは、「アヌンナキ」以外にも「ツォルキン(2012)」「ニュートン(2018)」「バラージ(2019)」「ティルトゥム(2022)」「ニュークレウム(2023)」など多種に渡ります。ルチアーニ自身が細部に創意を凝らすデザイナーであるにも関わらず、この没個性的な仕組みを飽きずに採用しているところを見ると、こりゃーなんらかの拘りがあるんじゃなかろうかと思えてくるのです。
おそらくは様々な仕組みを試してみて、テンポ、作業量、ルール量、ランダム性などのバランスが最も取れているのがこのルチアーニマーケットだったのでしょう。結果としてそれはどこにでもあるような一見無個性な仕組みではあるのですが、ゲーム全体を見渡した時、凝るべきポイントとそうでないポイントを明確に分け、後者について意図的な簡略化を講じてプレイヤーの負荷を抑えるのは立派な引き算のデザインと言えます。ルチアーニ作品特有の不思議な遊びやすさは、こうした複雑さポイントの割り振りの上手さ、引き算の上手さに起因しているのではないかなとわたくしは考えます。
ちなみにルチアーニマーケットを採用していないゲームの一例として、「グランドオーストリアホテル(2015)」「ゴーレム(2021)」が挙げられます。これらは各カードにはコストが設定されていて、ダッチオークション的な要素を持たせたツイストがルチアーニマーケットとは異なります。どちらも共作者としてアッキトッカのジグリがいるので、そちらの趣味が出ているのかもしれません。
そうしたルチアーニらしさは「アヌンナキ」からもふんだんに伺えるので、ルチアーニ諸作が好みの方はぜひ試してみて頂ければと思います。
あと、ルチアーニの話ばかりで共作者サビアの特徴に触れていないのはいかにもバランスが悪くてよろしくないんですが、すみません、不勉強なものでわたくしサビア作品を遊んだことがないんですよね。どこかで機会を持ちたいなとは思っていますが、今度日本語版の発売が予定されている「ラッツ・オブ・ウィスター」も同じルチアーニ&サビアのコンビなので、これは個人的にも楽しみにしています。
ボードゲームの楽しさの一つとして、各デザイナーの諸作を遊び比べて、そのデザイナーの特色を言語化するところがあると思います。ボードゲームのデザインは少人数で行われるのが通例で属人性が強い分野ですから、そうした立体的な視点から各作品を捉えてみるとより理解が深まるのではないかなと思います。
おそらくはわたくしと同様にサビア作品の文脈を言語化できる人はまだ少ないと思いますし、今後も様々なタイトルを発表するであろう力量のあるデザイナーですから、この機会に予習をしておくと、今後のタイトル選びで役に立つかもしれませんよ。
日本語ルールを公開しておりますので、合わせてご覧いただけると参考になるかと思います。