「バラージ(Barrage)」と低評価爆撃

テンデイズゲームズから今秋、日本語版の発売も予定されている「バラージ(Barrage)」。

この「バラージ」が、現在、世界最大のボードゲームデータベースサイト、Boardgame Geekにおいて、多くのユーザーによってレーティングで「1点」を付けられる、という事態に陥っています。

「ロレンツォ・イル・マニフィーコ」、「ニュートン」とスマッシュヒットを飛ばし、ゲーマー注目の出版社となったイタリアのクラニオクリエーションが、人気デザイナーのシモーネ・ルチアーニと組んで発表したビッグゲームということで、発表直後から話題になっていたタイトルに一体何が起きているのか?

今回、私なりに読み解いてみました。

ボードゲーム界でも起きた「低評価爆撃」

まず、どうして今回、このようなことが起きてしまったのでしょうか。

Boardgame Geekのレーティングに添えられた各ユーザーのコメントを読んでみるとその原因が少し見えてきます。

要約になりますが、いくつか紹介してみます。

「私は通常、ゲームに対して、このような得点を付けません。しかし、これは悪いKickstarterだったのです。彼らのゲームはとてもよかったですが、このキャンペーンはネガティブなものになりました」

「恥知らずだ。アップデートもされない。なにもない」

「120ユーロという高い金額を支払ったにも関わらず、約束された品質ではなかった。だまされた」、

「史上最悪のKickstarterキャンペーン!」

などなど。

なかなかキツい言葉のものもありますが、これらを読んでいくと原因として主たるものは「実際は、Kickstarterで告知されていたような内容ではなく、我々は裏切られてしまった」ということのようです。

「バラージ」は、2018年、Kickstarterにおいてクラウドファンディングが行われ、ゴールとして設定された24000ユーロを大きく超える431901ユーロを集めるという大成功を収めました。

そのキャンペーンの際に、「特別」なこととして告知されたことをいくつか紹介してみましょう。

・豪華パッケージ

・特別な「くぼみ」が用いられた立体仕様のボード

・特別仕様の駒

・秋に予定されている通常版(日本語版もこちらです)販売よりも数ヶ月早くお届け

ゲームが面白そうなのはもちろんですが、大成功を収めた要因に、これらもあることは間違いないでしょう。

そう、今回の「1点」の理由の多くが、ゲーム内容によるものではなく、このキャンペーンで謳われた内容と、実際の内容が異なることによって投じられたものなのです。

実際のゲーム内容とは別のことに起因することで、このような低評価が大量に投じられることは、実はテレビゲームの世界では、ここ数年、よく起きています。

このようなことは「低評価爆撃」と名付けられ、一部で問題視もされています。

(注:「低評価爆撃」と呼ばれることは、小説投稿サイトやYoutubeなどでも行われていますが、このコラムにおける「低評価爆撃」とはやや異なっていることもあり、言及いたしません)

例えば、現在、もっとも多くのソフトを扱っている配信プラットフォームであるSteamでも、ゲームの本質的な部分ではないことを理由として付けられた「不評」を除外するようなシステムを盛り込みたい旨が、運営会社であるValveから発表されています。

では、そのSteam上では、どのようなことに起因して「低評価爆撃」が行われてしまうのでしょうか。

新しいところでは、今年の5月、家庭用ゲーム機でも発売され人気を博している「ロケットリーグ」に対し、低評価爆撃が行われました。これは、新興のゲーム配信プラットフォームであるEpic Gamesが、「ロケットリーグ」の開発会社を買収したことに起因しています。多くのユーザーが、人気タイトルのSteam上でのサポート打ち切りや「独占」に対する懸念が「低評価爆撃」に繋がったわけです。

しかし、ゲームそのものを見た場合、「ロケットリーグ」が名作であることは間違いありません。

UBIのグラフィック劣化問題

次に、仕様変更…今回、立体ボードが予定されていたものより低品質なのではないか…という点についても見てみましょう。

世界的なテレビゲームパブリッシャーであるUBIは、この手の話題において「やり玉」に挙ることが多いパブリッシャーです。

世界的なゲームショー(例えば「E3」)において、上映されたトレーラーと比べ、実際に発売されたゲームのグラフィックは大きく劣るということで、度々、話題になっています。

批判を受け、公式にグラフィックの低下を認めた「ウォッチドッグス」や、「ゲーム性を優先させるためにグラフィックの変更を行った」と説明がなされた「レインボーシックスシージ」、Youtubeなどで比較動画が多数投稿された「ディビジョン」などが、ユーザーから「劣化」の烙印を押されてしまった主なゲームです。

これらのゲームは、ゲームショーでの発表の際、ゲーム内容はもちろんのこと、革新的で先進的、そして写実的なグラフィックで多くのユーザーからの注目と期待を集めることになったゲームで、グラフィックの魅力が前評判を押し上げたことは間違いないでしょう。

しかし、実際のグラフィックは、トレーラーから劣化したものと言わざるを得ず、批判の的となったです。トレーラーである以上、実際のゲーム機、ゲームエンジンで動かしたものではなく、よりパワーのあるマシンで用意された、美しく映えるイメージ映像であってもいいわけですが、多くのファンにとって、それは裏切り行為と取られてしまったわけです。

現在、このグラフィック劣化問題については、多くの人が気にかけることとなり、トレーラーは実際のゲーム機上で動かされ、「実際のゲームエンジンによるものです」といった注意書きが添えられることが多くなりました。

ここでも強調したいのは、これらのゲームも「ゲームそのものは素晴らしい出来だった」ということです。

あらためて「なぜ、今回、このようなことになったのか」

こういったテレビゲームの例と非常に近い形で「バラージ」にも「低評価爆撃」が行われたと考えて間違いないでしょう。

では、なぜ、今回、「バラージ」がこのようなこと…ファウンダーを裏切るようなことに至ってしまったのか、より深く考えてみたいと思います。

まず挙げられるのは、「ボードゲーム制作におけるマネージメントの難しさ」でしょう。

テンデイズゲームズでも、いくつかクラウドファンディングと平行しての日本語版制作や、世界同時発売を視野に入れての日本語版制作を行っていますが、そのほとんど(すべて、と言ってもいいかもしれません)において、もとからスケジュールがタイトであることに加え、制作も佳境になると変更や修正に追われる日々となり、時間的制約のある中での制作は、非常に困難であると痛感しています。ボードゲームという性質上、タイルやカードの数字ひとつを修正するにしても、さまざまな作業が伴うことになるのもその一因です。

こういった難しさから、具体名は出せませんが、具体的に参画が決まっていたものの、版元メーカーのプロジェクトへの取り組み方の不透明さもあり、テンデイズゲームズとして「降りた」クラウドファンディングのプロジェクトもあります。ゲームがどれだけ魅力的であっても、制作の難しさについては常に考えなければならないのです。

無事、制作を終えたとしても、大量の製造や、その後の輸送や流通の難しさもあります。

「バラージ」の版元であるクラニオクリエーションも新興パブリッシャーではないのだから、こういった点の難しさは充分に留意すべきだったと思います。

次に挙げられるのは「Kickstarterにおけるプロモーションの加熱」ではないでしょうか。

これは、さきの「マネージメントの難しさ」を留意できなかったことにも繋がることになるかと思います。

現在、Kickstarterでは、日々、新しいプロジェクトが立ち上がり、そのほとんどのプロジェクトで、魅力ある動画や数多くのストレッチゴールが用意され、熱のこもったプロモーションを見ることができます。

「ファンの興味を引く」ということではとても有用な方法であることは違いありませんが、それぞれのパブリッシャーの許容範囲を超えてしまうようなことになってしまっては意味がありません。

これについては、ニュースサイト「4Gamer」でのインタビューで、KickstarterのHead of GamesであるLuke Crane氏も触れており、生産コストや流通コストの懸念もあり「アナログゲームにおけるストレッチゴールの設定はとても難しい」と言っています。

立体仕様のボードや特製駒はとても魅力的ではありましたが、果たして、それを問題なく形にするだけのキャパシティーがあったのでしょうか。

「クラウドファンディングを成功させるため」、冷静さを欠いたプロモーションを計画してしまったのではないでしょうか。

テレビゲームにおける「ゲームショーでユーザーの関心をひくため」に用意されたグラフィックと、実際のグラフィックで見られる「劣化」の問題と近いものを感じるのです。

これらは、版元であるクラニオクリエーションのミスとして非難されるべきものではあります。

また、ファウンダーからの問い合わせ(主にKickstarterのプロジェクトページに寄せられたコメント)への対応や、プロジェクト進捗の報告に関して、誠実さを欠いていたことは違いありません。

ただ、クラニオクリエーションを非難するだけで終わらせてはいけないように思います。

テレビゲームの世界においてみられる「低評価爆撃」という意思表示手段がボードゲームの世界にもやってきたように思え(趣味の世界において一般化しつつある、と言ってもいいかもしれません)、私はとても心配しています。

レビューやレーティングは、とても有用なものです。有効に活用するためにも「低評価爆撃」かどうかを見極め(「低評価爆撃」がなくなることは、残念ながらないように思います)、表面的な点数だけなく、いろいろなことを読み取るようにしたいものです。

また、基本的なこととして、Kickstarterにおいてファウンディングする場合も、ある程度のリスクを踏まえ検討することを再確認したほうがいいかもしれません。

最後に

長々と書いてしまいましたが、ゲームファンとして、やはり一番重要なことはなんと言っても、「ゲームを評価するのは実際にゲームを遊んでから」ということにつきると思います。

ちなみに、日本語版制作の作業中、私の妻でもあるあっきーが校正のためルールブックに目を通している際に「このゲーム、すごく面白そう!」と言っていたので、遊ぶのが楽しみで仕方ありません。(私も個人的にファウンディングしています)

ちょっとだけクラニオクリエーションを擁護させていただくと、彼らは、本当に気のいいイタリア人で、真摯にゲーム作りをしていますし、ファンのこともとても大事に思っています。

今回、幸か不幸か規模があまりに大きくなったため、このような形になってしまいましたが(詳しくは言えないのですが、規模が大きくなったことを受け、テンデイズゲームズも通常の範疇を超え、制作をサポートしています)、協力パブリッシャーとして「バラージ」を楽しみにしていてもらえればと思います。

…あと、タイミングをみて、今回の一件については、「店長が訊く」で聞いてみたいところです。

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